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テキスト~Xという問いを巡って

2011/02/07

※とあるTwitterのユーザーがXジェンダーについて語ったつぶやき集です。解説はこちら。

男女二元論が絶対とされている環境だとXジェンダーの人達は性自認が男女のいずれかに属している人と比較して、自分のアイデンティティを会得するのが困難になりやすいんじゃないかと思う。実際、私自身Xという概念を知り受け入れるまでは「きっと自分が未熟なだけなんだろう」と色々無理をしていた

自分自身幼少の頃から少なからずそういう感情があったので、Xジェンダーという概念を知り男女二元論がどれだけ社会に強く根強いているかに気付くまでは今よりも心理的な負担が大きかったと思います

なんだろうなーGIDがシスから過剰に持ち上げられたらそれはそれでなんかいやだな。逆差別的なアレっていうか。

上手く言えないけど私はトランスの悲惨さだけを訴えたいとは思ってないんだよね。トランスである事を理由に一方的に抑圧されるのはいやだけど、トランスだから特別待遇しろとも思ってない。

自分の性自認についてハッキリこれだと言えるものがあるかといえば、正直自信がない。MなのかFなのかXなのか考えれば考えるほどわからない。そもそも性自認という概念自体どの程度確かなものなのかもわからない。よくわからないけどカオスだからとりあえずX。たぶんそんな感じ

男女どっちかに揺れる事もあるけど結局の所よくわからないといった所でしょうかねえ・・・自分が女だと周囲に認識されているのは知ってるけど、ピンとこない感じです。自分がどちらであると確固たる確信を持っているという感覚は、自分はほぼ経験がないのでたしかに不思議です

そう、二分する考え方。ホルモン投与で感受性に変化があるという報告を聞きますが、精神が肉体から受ける影響って決して無視できるものではないと思うんです。性自認という考え方はそれはそれでアリだと思いますが、性自認だけで全てを決定してしまうのもアレかな?と。

トランスを全面的に個性としてしまうのも、あるいは全面的に障害(GID)としてしまうのもあまりよくないと思うのよね。半々ぐらいでいんじゃないかしら。だからあらかじめ障害としての意味が強いGIDを使うよりトランスを使った方がいいと思うんだよなあ

性同一性障害という言葉はもともと医学的な疾患名ですからね。あくまで治療のために医者が作り出したようなものというか・・・。性同一性障害という概念が何かしらの治療が必要な人に対して有益に働く部分もおおいにあると思うので、不要な概念だとは思いませんが。

視覚的な情報は肉体と精神の一貫性を持たせるという観点的には、世間でいういわゆる中性みたいなものを目指さざるをえなくなるけど、中性かと思っているかっていったら中性では全然ないしなー。そもそも中性という言葉自体が男女二元論に基づいたものであるというジレンマ

結局自分みたいなのを言葉でどう表現するかっていったらXしかないのが現状だよね。第三の性とかなんか大げさすぎてあんまり使う気しないし

FtMやシス男性が男を自称するように、MtFやシス女性が女を自称するように、自分もそれと同じようにXをそういう言葉で普通に表現してみたい。無性とか両性とか中性以外で。

個人的にXが一番マシに感じるけど、本心を言うならなんかこうもっと普通っぽい単語がいい。

現状で一番マシだからある程度割り切って使ってるけど、正直言うとXのなんかこう無駄にかっこい響きが嫌だ。Xとか無駄にシャープ。そういえば英語ではHeでもSheでもない三人称単数代名詞があるそうだけどそれも頭にXやZがつくんだよね。XといいZといいなんでそんな無駄にシャープなの

Xジェンダーでちょくちょく見かける無性中性両性の三つもあまり好きじゃない。そう表現するしかわかりやすく伝える方法がないのもあるとはいえなんかこうさあ!いかにもイレギャラーとか特殊みたいな響きがいやなんだよ

Xジェンダーという言葉を知った当初は自分が無性中性両性のうち、おおまかに分けるとどれかっていうのは気にしてた。少しでもいいから自分の感覚を言葉で表現してみたかった。そういう体験などを通してある程度自分が確立してからは、無性中性両性で分けるというのはわりとどうでもよくなった

化粧楽しんで、ファッション楽しんで、セックス楽しんで、男嫌いじゃないし、女嫌いも克服進んで好きになってるし、恋愛に悲観的じゃないし、子供も嫌いじゃないと、思いつく限りの努力はしているにも関わらず自分がシス女性だとは思えなくって反射的に無理って思っちゃうのが自分でも不思議だわ。

女に生まれて女でいるのが嫌いとか不満とかそんな事はないのに、むしろこれはこれでいいもんだと思ってるのに、なんかよくわからないけど自分をシス女性だとは思えないってマジ不思議。なんかこうハミ出てる。でろっと。

いえいえ?、ざっと見渡した感じでは特に女体持ちのトランスの人は自分が体の性として扱われる事に色々思うところある人が多い?ようです。あくまで主観ですが。私自身トランスではありますが、他のトランスの人に生理の話もそうですが化粧などの話をふる時は気を使いますね。

それにしても本当私はトランスであると同時にシスの要素も持ってるから、中途半端感ハンパないわね・・・コウモリだと思われても反論できないわ。

無性中性両性という言葉が男女二分された性を前提とした相対的なものっていうのが私は好きじゃないんだけど、それでもあえてそれらに似たラベルを自分にはるとしたら「有性」なら、私は納得できる。性はあるけど別に男女に限定しないよって意味で。

無性という言葉は男女二元論に基づいたものなのか微妙なところだなー。性自体がないという意味なのか、それとも男女いずれの特徴ももたないという意味なのか。

(無性)中性両性っていう言葉は人に説明する上では比較的理解してもらいやすいので、そういう便利さは否定しない

できれば(無性)中性両性って区分しなくてもこっちの状態をうまく伝えられるようになればいいんだけど、現状でそれは難しいからな

私個人はXはXというひとつの独立した性として考えたいなーと思っています。Xを男女のバリエーションとして考えるのは男女二元論の縛りを緩くすることにはなかなか繋がらないだろうし、Xは男女のバリエーションという考え方はDSDの人達を巻き込みうるためです。

中性、両性、男女いずれの特徴ももたないという意味での無性、をX当事者がX当事者でない人に説明する時以外に、自らを定義付けるもの(ラベル)として積極的に使用するのも、そういう意味で問題があるんじゃないだろうかと考えています

なので、私はXが自身を定義付けるもの(ラベル)として、「性自体を持たないという意味での、無性」「男女に限らず性はあるという意味で、有性」あと @***** さんが教えてくださった「パンセク」、この3つを積極的に使用していくことを提案したいです

モラトリアムはそれはそれで大切なので、モラトリアムの存在自体は否定しません。ただ私はXが「責任からのがれるための装置」になってしまうことを危惧しており、Xがそういったものになってしまうかもしれないのなら、それは非常に不本意な事だと思っています。

現状ではまだまだ男女二元論や様々なジェンダーバイアスが強くはびこってるので、第三の性を設けてもそこに該当する人がのびのび生活できるとは思えないんだけど

とにかく現状ではSRSやホルモン投与の利用を認めてもらえるかどうかって、いかにガイドラインにそった言動ができるかどうかでしかないというかなんていうか

それはいかに幸せになるかというよりも、SRSとホルモン投与を受ける事への強固な意思と、その後の生活を送るのに適当なコミュニケーション能力を持ってるかどうかの問題でしかないような気がする

いわゆる性自認というものについて、私は私の性自認がわからないという事を認めたらかなり楽になったような気がする。そういう私の精神のありかたも、肉体も、どっちも個性だねっていう

私概ね女ってことでいんじゃねって気がしてきた

私の自分の性に対するわからなさは幼少時からあったし、その感覚は男にも女にも帰属しきらないものだったけど、今の私の結果を思うに私は私の器(肉体)を受容したあるいはしつつあるって事になるんだろうなたぶん

このさいリムーブされてもいいわ!可能性や危険性を知ってて黙ってるよりは、可能性や危険性を指摘してリムられた方がいいわ!

BLとFtMやFtXに共通するのは「女性からの脱出」だと思う。BLで脱出した気にはなれても現実には女性だし、FtMやFtXになったとしてもいわゆる純男とかには一生なれない。そして女性である事から脱出しただけでは、私やあなたを苦しめたジェンダーバイアスはなくならない。

GIDだBLだと言ってみた所で、自分んが女性、あるいは元女性である事実は私やあなたがどこにいったって、どこにだってついてくる。どう足掻いたって脱出なんてした気になれるだけで、現実に脱出する事はできない。

辛い事あるけど、女性に生まれた事は罪じゃないです。

ただ女性がBLやGIDを利用せずにはいられないような背景(問題)は、BLやGIDで解決できるものではありません。自分が女性から距離を置く事で楽になれたような気がするだけで、問題がなくなったわけではありません。問題はずっとそこに存在しています。

女性が安心して性を楽しむためには、BLのように作品中から女性を排除しなければならない。女性がGIDである事を証明するには、女性でない事を証明し続けなければならない。

どっちもしんどい、本当にその通りだと思います。私は女性側で生活していますが、感覚的にはXとしか表現のしようがないです。婦人服などは好きですが見た目でシス女性と決めつけられるのに抵抗があるので、服装を工夫して自分の感覚を守っているような感じですね

それは私がXだって事もそうで、Xである事自体は問題じゃないような気がしてるのよね。

その立場なりの辛さとかそういうのは当然あると思うんだけど

最近は心の性という考え方に対しても疑問をもちつつある。心の性とかそれ自体が問題なのではなくて、より良く生きるために自分はトランスを選ぶか?みたいな、上手く言えないけどそういう感覚。

なんのためにトランスするの?

Xを知るよりもずっと前、私も胸潰したり子宮摘出したいって感情があったんだけど、あの時はきっとどうしていいのか自分でもわからなかったんだと思う

結局私はシス女性にはならなかったようだけど、Xにくるまでの私の努力、例えば女性ジェンダーに楽しさを見出そうと創意工夫したりしたような事とかはけして無駄ではなかったと思ってる。それらは今の私の糧になってる

前はなかった苦労や不安はあるものの、今までの人生の中で一番充実してる>Xを認めた後

私がXかXじゃないかというよりも、私にはXという概念が必要だったんだろう

私見た目はいわゆる女寄りでいいんだよね。体をどうしたらいいのかがひっかかってる。胸とかはそのままでいいんだけど

まあ、カムしないで黙ってる事でシスジェンダーかつヘテロの女性として扱われる事を容認してしまっているとも言えるんだけどね・・

シスジェンダーやヘテロを敵視しているわけじゃなくて、シスジェンダーかつヘテロが当然だとされてる世間、つまりジェンダーバイアスがいやなのよ・・・

しかしここまでしてX自認がかわらないってマジ不思議。なぜだ・・・マジで謎だ・・・

XらしさとかMらしさとかFらしさとかウンザリだわ

胸潰したりしない自分としては、正直話に入っていきにくいっつーか孤独感感じてるのが正直なところ。>X

私はXだけど化粧はするし胸は潰さないし髪ものばす。でもなんとなく、それを言い出しにくい

別に化粧とかそういう事を他の人達に押し付けたりする気はない。でもなんか、FtXやFtMについて色々調べているうちに「私はそうする」って事を言い出しにくくなった

服装などで男女いずれかでないあり方(X)を表現するには非男かつ非女でないと、確かに男女いずれでもない人として視覚的に認識はされないんだろう。でもそれって男女のジェンダーバイアスからの派生にすぎないとも思うんだよね

前に日本でも第三の性を設ける必要があるんじゃないかって話が出た事があるけど、あれ、私は反対。それを今やればそれに該当するとされる人達はより差別されると思うし、ジェンダーバイアスが2つから3つに増えるだけ。そういうのはウンザリ。ジェンダーバイアスの解体が先。

Xジェンダーに関して、単に第三の性の存在を社会に認めさせても解決にはならないんじゃないかなあ。性的少数者に対するメディアや多数派の反応を見てるとつくづくそう思う。だから私だってカムしないんだし

性自認っていうものが男女のいずれかにおさまらないってだけで、こう・・・ねえ、別に特殊でもなんでもないと思うんだけど。つーかそれが特殊に思われる自体ジェンダーバイアスガチガチって事じゃないの>X

自認がFでも、必ずしもFらしさ(女性ジェンダー)を纏うとは限らない。それ以外がいいという人もいる。それと同じ事ではないだろうか>X自認=非男かつ非女のジェンダーを纏うとは限らない

個人的には抵抗を感じます。私の場合は女性ジェンダーを回避するための手段としてXを名乗っているのとは少々違うので。

押し付けられ内面化している可能性があるのなら、それこそフェミニズム方面からアプローチしていった方がいいと思っています。「XだからFとして扱うな」ならば、それってGIDの「MだからFとして扱うな」と同じではないでしょうか。それこそバイアスだと思うのですが

女性/男性ジェンダーへの対抗としてX自認を持ち出せば、それは新たに「Xらしさ」つまり3つ目のジェンダーバイアスを生み出す事に繋がると思います。個人的にそういう状況は歓迎できません。

女性/男性ジェンダーにXを持ち出して反発すればますます男女以外の性は色眼鏡で見られるだけだと思うんだわ。そういうのにはウンザリしてるし、それってXが男女を主軸とした相対的なものであることを認めるって事でしょ。3つ目のジェンダーバイアス生み出すだけじゃない

つまりジェンダーバイアスに対抗するには「シェルターとしてのX」=ある種の安全地帯があった方が、心理的に対抗しやすくなるという事でしょうか。個人的にはXが安全地帯だとは全く思えませんが。

仮にFtXがFからXへのトランスを指すんだとしたら、私は必ずしもそうではないな。トランスする可能性はあるにはあるけど、性自認がXってだけ。プロフィールからトランスの字消しとくか。紛らわしいからトランスするまでは虹も外しておくかなあ

X=シェルターとしている人が、そういった楽な方に流れないだろうと甘く見る方がよっぽど危険だと思います。たしかに逃げ場がないのは問題です。しかしそれを男女以外の性、つまりXと結びつけるべきでないと思います。他にシェルターを設ける事はできないのでしょうか。

私が私の性自認としてXを自称する意義を考えてみた。私は今まで身体的特徴や、身にまとっているジェンダーから私が女性であると決めつけられるのが嫌だった。私は私を女性だとは感じていないからだ。それを表現する明確なイメージはない。FからMに移行するGIDでもない。

非女かつ非男である事も試してみたけど、それだって男女からの相対的なものでしかなかった。あくまで男女を主軸にした派生でしかない事が悔しかった。そういうのにも疲れてしまったし、何にもなれない自分にがっかりした。私はどこにもいなかった。

私はそういう私をいない事にはされたくない。そういう私も含めた上での私はここに居るとそう言いたかった。言わなければ居ない事にされてしまうと思ったから。だから私はXを自称した

そもそも私の性別を決めつけられたりしなければ、たぶんこういう事にはならなかった。だからこそ私はジェンダーバイアスの解体を必要としている。少なくとも私にとっては、Xを自称しないで済むならその方がいい

仮に性自認を肯定したとして、性自認に体を一致させる必要は本当にあるんだろうか?本当にそれしかないんだろうか?一致させたとしても、性自認と体の不一致の問題が、元女性であるという問題に置き換わるだけではないだろうか?それで納得する人もいるだろうとは思うが。

なぜ性自認に体やジェンダーを一致させる方針が話題に上る事の方が多いんだろうか?性自認はかわらないから?何か違う気がする。仮に心と体が食い違っていたとしても、それもひとつの状態なんじゃないだろうか。一致しているのが本当にあるべき姿なんだろうか。

自分の性自認についてでも話そうかな。説明が難しいんだけど私の性自認は、不完全な♀と不完全な♂をそれぞれ色の違う2枚のセロファンに例えたとして、それらを重ね合わせたたような感じ。それを簡潔に表現できる適当な言葉は今の所X以外、私には思いつかない

性自認がカオスすぎて、性自認に対応する体のイメージを一貫して持つ事ができないんだよなあ

だからこそ私は私が生まれもった♀の体に、無理がないわけじゃなとはいえ比較的適応できているのかもしれない。ピンとはこないけど。
そしてそういう性自認が原因で何が困るかというと、女性として扱われる事に対して違和感や罪悪感を感じたとしても、その原因である性自認について人に説明するのが怖くてできないって事だと思う

昔からそういう性質みたいなのがあって、過去女性へのより高度な適応を試みてみたり、ユニセックス?メンズ調のファッションなどで身を固めてみるとかしてみたんだけど、性自認は変わらない上生活に対する充実感も今より低く、精神的にもマズい感じだった。

最近はもう性自認を変えようとしたりジェンダーの操作で対処しようとするのもほぼ限界なんじゃないかと思っていて、もっとゆったりと自分のそういう性質と上手く付き合っていく方法はないかと考えている。体に手をくわえるのは完全に手詰まりになってからにしたい

今日は風呂に入りながら自分の体について少し考えた。基本的に私は自分の体は好きだけど、局部についてはいまだよくわからない。けどそれも私だし、そういう私でもいいのかもしれない。 まあそういう私もいるよ

Xという概念に出会わなければ、こうして問題に向き合う機会も無かったかもしれない

私の問題は人に話しても気のせいだとか、コンプレックスによるものだとかそういうふうに思われがちだろうと思っていたし、さわりだけ話しただけでもそういうふうに返されてきた。意地になれば余計そう見られると思って、私はそれに言い返せなかった。言い返してこなかった

私個人に限定して言えば、性自認という考え方はしっくりくる。ただ私は体やジェンダーを、性自認と一致させなければならない、または一致しているべきだとは考えていない

一致させたい人、一致させたいけど今はできない人、考え中の人、一致させたくない人、色んな人がいると思う。

性自認がどっち付かずなのを受け入れようとしはじめたら、なんか自分の精神が性的に成長してるような感じがする

私はどこか自分の体を他人事のように感じている所があるけど、その原因をすぐさま性自認に求めてしまうのは私にとってちょっと都合が良すぎやしないか?もっと見たくないものがあるはずだ

性自認という考え方を取り入れる事で自分自身を守ってるだけなんじゃないか

性自認という言葉があってもなくても、私は私がいわゆる♀としていわゆる「普通」とされるもののようにできない事は同じ。性自認という言葉でそういう自分を、私よりも普通に近い人とやり方は違えど、私は「普通」に媚びようとしてるだけなんじゃないだろうか?

性的多数者、性的少数者、私が知ってる範囲の中で、私はどこにいっても馴染めない自分に焦りと不安を感じている。性的な意味で自分が何なのかよくわからない。しかしそれを性自認という言葉で正当化してもなあ。

スタンダードでない自分はここにいちゃいけない、いるとしたら居させてもらってるって意識がなんとなくあった。きっと中二病こじらせたんだろうと思ってたし、自分の問題はあまり人に話さず、人と深く関わらないようにして、自分自ら距離を置いてきた

これ以上自分を追い詰めると精神崩壊しそうで危険なんだけど、頑張った結果性自認の解釈には多少変化があった。結局自前の肉体に精神を落とし込むのは無茶みたいだけど、性自認の表現の仕方がXから女性亜種Wに。

性自認は存在するかもしれないけど、その人の肉体や心の影響も受けるのかもしれない。私の場合いわゆる性自認に相当する感覚自体はほぼ変化なしだったけど、感覚の解釈がかわって前よりしっかりしたものになった。なので一度性自認という概念を捨てて考えてみる事には価値があると思う。

身体といわゆる性自認の差異からくる問題は、悶絶前よりも気にならなくなった。差異がなくなったわけではないが「差異があって当たり前」と差異そのものをより自分の精神に取り込んだのかもしれない。上手く言えないけど

あまり性自認という考えにこだわってしまっても、かえって何か失う事もあるのかもしれない。私は基本的に体に手を加える気はないので、上手く共存していけたらと思う。

一部訂正。「いわゆる性自認がXではあるもののジェンダーがXであるとは限らず、かつ積極的にトランスする事を希望していない私が」の方がより適切かな・・・うーん、トランスの人がどう思うかが気がかりではあるけど、私個人の方針はこんな感じです

義務のようになってしまうと辛いですね。少々思う所あって普段セクマイを自称する事はありませんが、私は性自認と肉体が同一でないという点においておそらくセクマイの範疇に入るのでは?と思います。もし私で良ければお話し相手になりますよ

その時はどんなだったかって言うと、たしか男か女かわからないみたいな事を私は話したと思うのね。したらカウンセラーさんから「ぽめチキさんはちゃんと女性としての魅力があると思いますよ」と返されまして。うん、善意なのがわかる分責めるに責められない・・・

私はおおむね生まれもった性別と社会的な性別はそのままでも生きていけるけど、女性かっていうと何か違うし、その何か違うっていうのがおそらく私の性自認に相当する部分で、でも別に女性が嫌いだったり自分の体が嫌いだったりするわけじゃない

自分の見た目が女だからって自分のそういう感覚を勝手に決めつけられたくないし、自分の性自認について両性だとか中性だとも言われたくない。やむをえずその言葉を使って説明する事はあるけど、本当はそう認識されたいわけじゃない・・・

そうなんですよね、二元論を裏返しの形で表現しているにすぎないと思っています。私はそこに私みたいな性自認が男女いずれでもない自分自身の主体性を見いだす事ができないのと、男女以外であるという事で自分に特殊性が付加されてしまう事に抵抗を感じています

そういう考えもあって、私は男性ジェンダーと女性ジェンダーの中間地点のようなジェンダーをあまり積極的に身にまといたいとは思わないんだよなー

例えばXという枠からはみ出て孤立することが怖くても、言わなきゃいけない事もある。おもに自分自身のために

性自認や性指向やジェンダーのようなその人がどう生きたいかの話と、生まれもった体の話はイコールじゃないよ・・・

私は傍目には女性に見えるし肉体も女性でそれらに対する嫌悪感はなく、とくにそれらを変えようとも思っていない。あまり人と関わらずただ自分の生活を守るだけならそれほど困る事もない。しかしかえってそれによって私は居ない事にされている気がしてならない

かといってそういう不可視化される自分のXを、ジェンダーで表現しようとも思わない。そこにも私はいないから

※2010年11月3日~2011年1月16日までこのユーザーはほぼ毎日に渡ってXジェンターについてつぶやき続けました。
※ここに紹介しているのはそのうち要点と思われるツイートを抜き出し、圧縮したもので、実際にはこの何倍もの膨大な量のツイートを吐き出しています。

【メモ】参加者のコメント、少し
Aさん Xはワイルドカードだと思う

Bさん 表現する言葉がないと自分がいないことになる。でも周囲がそれを「決めろ」と求めなければ、「なくてもいい」のではないのか。

Cさん 何かを語るための枠は必要。自分をどう表現すればいいのか、そういう問題はやっぱり残ったと思う。

Dさん 「自分はGIDかもしれない」「性自認が判らない」「どう語って良いか判らないから取りあえずX」「両性」「無性」「中性」などなど。そういう人はヒントになる。

Eさん ジェンダーバイアスが背後にあるのか。それだけじゃないような気もする。GIDとの関係も興味深い。

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One Comment
  1. 豆乳イソフラボイン permalink

    自分が自分の身ひとつでモノローグとして感じる性とは“ピンとこない”ものかも知れなくて
    他人や社会とのかかわり、ダイアローグとして性自認を意識したりバイアスを感じる。

    男らしさ女らしさから始まって、大人らしさ子供らしさ、職業や立場と細分化され
    ようやく最後に“自分らしさ”が来るが
    そのようにして“らしさ”がバイアスを強める過程になってる。

    男女は極と極の二元で、Xを無意識に中間的に置いたり
    確かにモラトリアムだったり、結果的に逃げ込み先だったりするかも知れない。

    そのようにして掴みどころが難解にされてしまうくらい自立独立して扱われてないよね。

    私のトランスは面倒な理由抜きにすると、社会的にも肉体的にも生理的にも
    男性として老いることが嫌になり、なんとなくトランスというより身体を壊した。

    自分でも理由は知らない、解らない…でも理屈や論理は無く自分自身としてはこれでいいと思ってる。

    今は余裕が無い…あまり考えたくないこともある。
    だからこれで許して欲しい。

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