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アイディンティティ表現とジェンダーバイアス~Xという問いを巡って

2011/02/07

前回中京大学ジェンダー研究会「Xという問いを巡って」(1月22日(土)中京大学名古屋キャンパス)で使ったテキストを紹介します。
テーマは「Xジェンダー」でした。

セクシャルマイノリティの間で、そのアイディンティティを語る表現として「X」(MtX、FtXなど)が用いられるようになって久しいと思われます。
当研究会では、TwitterであるユーザーがXを巡ってつぶやいた「つぶやき」をテキストに使用しました。
つぶやきを読めば判るのですが、Xジェンダーは、「性自認」や「GID」、GIDの特例法といった「制度の特徴」にも強い関わりがあります。

現在でもTwitter上にはXを巡るつぶやきが数多生成されているようです。
その存在には賛否両論あるようですし、Xを語る動機も様々です。
ただ、わたしにはXの正体が何で、実態は何なのか、という議論よりも、むしろなぜXという領域が生じたのか、そこにこそセクシャリティを巡る問題の今日性があるような気がします。
このユーザーに注目したのは、非常に多くの示唆に富んでいると思われたからです。
つぶやきは過去三ヶ月に遡るものです。
ユーザーはそのほぼ毎日といっていい頻度でXについてつぶやき続けました。
紹介するテキストはその三ヶ月分を要点だけまとめ圧縮したものです。

興味深いのは、ユーザーが「X」に出会い、それで一旦はアンデンティティ(ID)が形成されるも、Xというマイノリティにおける立ち位置にも問題があることに気付き、疑問を立てることです。
Xはその記号通り、一般にはカテゴライズ出来ない、「何にも捕らわれない領域」「表象不能な領域」としてイメージされています。
しかし、ここではその「X」が、実際にはセクシャリティを語る言葉やID表現を「社会に構造化してしまう装置」として働いていることが示唆されています。
そして、それは、同時に「ジェンダー規範とそのバイアスを自身に内面化してしまう作業に他ならない」とユーザー自身が激しく葛藤します。
このつぶやきの「示唆が多い」というのは、まさに、こうしてID表現とジェンダーバイアスの関係をむしろ隠蔽してしまう「Xという装置」の仕組みにユーザーが気付き、自分の言葉と身体で脱構築しようとつぶやき続けるその様だと言えるでしょう。

ジェンダーバイアスとID表現、その政治性と当事者性。この問題は、セクシャルマイノリティのIDを持つ様々な当事者にとって極めて重要なことです。
現在でもこのユーザーのつぶやきは続いているのですが、このまとめでは最後となった「そこにも私はいないから」という言葉は、きっと多くのセクシャルマイノリティが共有し得る問いを投げかけているようにわたしには思われます。
多くの人に読んで欲しいと思い、ここに紹介します。

ユーザー本人さんには今回色々と協力して頂けたこと、ここに感謝します。
どうもありがとうございました。

水野ひばり
TwitterID hibari_to_sora

ツイート本文はこちら。圧縮はしてありますが、それでも長いので注意して下さい。
テキスト~Xという問いを巡って http://wp.me/pPqns-38

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